「倭」の画数・部首・書き順・読み方・意味まとめ


とは、昔に中国が日本を呼んだ称などの意味をもつ漢字である。人を部首にもつ漢字のひとつに数えられ、10画の画数を有する。

漢字「倭」
字体
部首人【じん】
画数総画数10画
部首内画数人部8画
読み音読み

訓読みやまと
JIS漢字水準JIS第1水準
漢字検定漢検準1級
日本語能力検定JLPT N1
学習レベル大学/一般

意味

意味と用例

倭とは

昔に中国が日本を呼んだ称

英語翻訳(English translation)

  1. Yamato
  2. ancient Japan

書き方と読み方

倭の書き方

倭_書き方
倭の書き順【筆順】

倭の読み方

やまと

部首と構成

部首

人部(じんぶ)

倭の部首はであり、人を部首にもつ漢字の集まりを人部という。人部には「ヒトに関わる事物・行為・動作・性格・呼称」という意がある。

人部における「倭」

倭の漢字は、人の画数+8画で構成されるため、人部8画の漢字と表現される。

熟語

熟語・関連語句

一般的な国語辞典などに記載されている「倭」の字が含まれる熟語を以下に列記する。

倭寇/和寇【わこう】

    [中国語]Wokou(倭寇)

  • [歴]鎌倉末期(14世紀の終り)から戦国時代(16世紀)にわたり朝鮮半島から中国大陸沿岸・海南島にかけて襲った日本人の海賊に対する朝鮮・中国側の呼称。
    南北朝末期から室町初期にかけては朝鮮半島の被害が大きかった。朝鮮の高麗(コウライ)はその被害と防御には非常に悩まされ、その滅亡を早めた。倭寇討伐で功績を挙げた李成桂(リ・セイケイ)は高麗に代って朝鮮国を建てている。
    勘合貿易が始まると一時下火となったが、戦国時代になると中国から南方にかけて活動が激化した。中国では明(ミン)朝がその被害に苦しみ禁圧を室町幕府に願い出たほどである。明の名将戚継光(QiJiguang)などの力により明末にようやく平定した。
    豊臣秀吉の禁止により消滅。
    明朝は朝貢貿易しか認めていなかったので、倭寇は私貿易が円滑に進むときは商人として行動し、思わしくないときには海賊行為に出たといわれる。
    倭寇の構成員は、初めは瀬戸内海沿岸の漁民や土豪であったが、のちしだいに明人が倭冦と結託したかその名を借りたものが大多数となり、ポルトガル人も加わっていた。おうちょく(王直)、えんだい(烟台、煙台)。
  • 「倭」は日本・日本人、「寇」は賊・外敵の意味。
    「和寇」は日本のみの表記。
  • 北方からのタタール・オイラートの中国侵入と南方の倭寇を併せて「北虜南倭(ホクリョナンワ)」とも呼ばれる。倭冦の船は中国人から「八幡船(バハンセン)」と呼ばれていた。
  • 1367(正平22,貞治6.2.)高麗、倭寇の禁止を要請。
    1369(正平24,応安2.1.)明朝洪武帝(HongwuDi)(コウブテイ)、倭冦の禁止を要請、懐良(カネヨシ)親王は拒否。
    1377(天授3,永和3.6.)高麗、倭寇の禁止を要請。
  • 1402年(応永9.8.年)足利義満、倭寇を禁圧。
  • 1404年(応永11年)勘合貿易始まる。
  • 1411年(応永18.9.年)明使王進(WangJin)(オウ・シン)の入京を拒否、国交断絶。
  • 1419年(応永26年)李氏朝鮮が倭寇一掃の目的で対馬(ツシマ)に来襲(応永の外寇)。
  • 1432年(永享4.8.年)足利義教(ヨシノリ)、明に復交を求め、明使が来朝、勘合貿易が復活。
  • 1549年(天文18年)倭寇、中国浙江に侵入。
  • 1551年(天文20年)勘合貿易の断絶。
    1555(天文24,弘治元)倭寇、中国南京に迫る。倭冦、朝鮮全羅道を侵す。
  • 1556年(弘治2年)明が倭寇の禁圧を要求。
  • 1563年(永禄6年)明の兪大猷(YuDayou)・戚継光(QiJiaguang)、倭寇を撃破。
  • 1588年(天正16.7年)秀吉、海賊取締令。
    1592(天正20,文禄元)秀吉、異国渡海の商船に朱印状を下付。

倭の五王【わのごおう《わのごわう》】

  • [歴]中国の『宋書(ソウジョ)』・『梁書』などに見える、南朝の宋に朝貢した5世紀の倭国王、讃(サン)・珍(チン)(弥)・済(セイ)・興(コウ)・武(ブ)の五人の王。
    王の名は天皇の名を中国風に表記したもので、讃は応神か仁徳か履中、珍(弥)は仁徳か反正、済は允恭、興は安康、武は雄略の各天皇に比定される。
    413~502年に13回にわたって遣使朝貢している。倭王が何度も朝貢したのは、南朝の文物を輸入するだけではなく、南朝の権威を借りて高句麗の南下を牽制し、朝鮮半島南部の大和政権の権益を維持する目的もあった。しかし、南朝は倭国の国際的地位を百済や高句麗よりも低く評価しており、また南朝の対高句麗政策も倭国の意図とは異なっていたので、所期の目的を達成できずに遣使を打ち切っている。こうかいどおう(広開土王)。
  • 413年:倭王、東晋に方物を献上。
  • 421年:倭王讃、宋の武帝から称号を受ける。
    438年:讃が死に珍が位を継いで宋に貢献し、「安東将軍・倭国王」の称号を受ける。
    443年:倭国王済、宋に貢献し、「安東将軍・倭国王」の称号を受ける。
    451年:倭国王済、宋からさらに「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事」の称号を受ける。(済が死に子の興が即位)462年:倭国王興、宋から「安東将軍・倭国王」の称号を受ける。(興が死に弟の武が即位)武、「使持節都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事」を自称。
    478年:倭国王武、宋に上表し、「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事・安東将軍・倭王」の称号を受ける。
    479年:宋が滅び斉が建国。倭国王武、斉から「鎮東大将軍」の称号を受ける。
  • 502年:倭国王武、梁から「征東大将軍」の称号を受ける。

検索手法

文字コード

「倭」の漢字を電子計算機上で取り扱うため、複数の文字規格が策定されている。各規格において固有の識別コード《文字コード》が「倭」の字に割り当てられる1

「倭」の文字コード一覧
Unicode / UCS 2U+502D
JISX0213 1-47-33
戸籍統一文字番号 3009320
住基ネット統一文字J+502D

検字番号

検字番号とは、各出版社が刊行した漢字辞典/漢和辞典に記載されている検索字を効率よく探すための識別コードである。

「倭」の検字番号一覧
書籍出版社検字番号
角川大字源4角川書店309
新大字典5講談社602
新潮日本語漢字辞典6新潮社461
大漢和辞典7 8大修館書店796
大漢語林9大修館書店457

辞書の巻頭や巻末、別巻などに記載された検事番号を用いることで、漢字の掲載ページ・掲載位置を容易に特定することができる。

まとめ

「倭」の画数・部首・書き順・読み方・意味について、もう一度おさらいする。

「倭」についての総括
  1. 倭の画数 :10画
  2. 倭の部首 : 人
  3. 倭の読み方:ワ,イ,やまと
  4. 倭の意味 :昔に中国が日本を呼んだ称
以上で「倭」の字の解説は終わりです。今後とも受験勉強・資格取得・自己学習にモジナビをお役立てください。

ウサタロー

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